光に惑わされ、影に救われた街の写真集 〜 山形宗次郎第二作品『マカオの光と影』が生まれるまで

第五章 光の外側に立ち続けるもの
旧市街を歩き続けるうちに、自分の中で写真の意味も少しずつ変わり始めていた。 以前は、光に惹かれ目を引くものに反応し、その瞬間の強さに押されるようにシャッターを切っていた。だがマカオの影の深い路地や、古い建物のあいだに流れる遅い時間に触れるうちに、自分が本当に見たいものは別のところにあるのだと分かってきた。 Read more...
第四章 マカオの光に呑まれ、旧市街の影に救われたこと
旧市街には、勝ち負けとも華やかさとも違う時間が流れていた。急いで何者かになろうとしなくてもよい場所。何かを誇示しなくてもただそこに在ることが許されるような場所。その空気の中で、自分はようやく自分がどこで間違え、何を見失っていたのかを少しずつ見直し始めていた。 Read more...
第三章 失職と崩れていく生活の中で
写真を撮ることは続いていたが、それは何かを築く行為というより崩れていく時間をわずかに留めておくための反射に近かったのかもしれない。 光は相変わらずそこにあり、街もまた何事もないように動き続けていた。けれど自分の内側では、同じ速さで世界を見ることがもうできなくなっていた。何かを立て直そうとするより先に、自分は流されるようにマカオへ向かっていた。 Read more...
第二章 スマホで景色を撮り始めたこと
部屋の向こう側にある時間を見ていた、 その視線は、いつしかごく自然にスマホのカメラへと向かうようになっていった。とはいえ、その頃の自分に写真を始めたという自覚はまだなかった。 本格的な撮影でもなければ、作品を作ろうという意識もない。理論も技術もなく、ただ惹かれたものに向けてシャッターを切っていただけである。 朝通勤する時、仕事の合間、移動の途中、案内を終えたあとのわずかな時間に、街の光や影、窓の外に広がる景色に足を止めていた。ビルの隙間から落ちる西日、曇った空の下で鈍く光る外壁、窓ガラスに映る反射、夕方の高層住宅の向こうに滲む色。   Read more...
第一章 香港へ移り住み、静かな生活の中にいたこと
2005年に香港へ移り住んだ当初、生活はまだ形を保っていた。 無我夢中で香港社会に潜り込んでから、当然のように仕事があり日々は決まった流れの中で進み、表面だけを見れば穏やかな時間が続いているように見えた。 朝になれば街はいつもの速度で動き始め、来た頃は不慣れだったが、自分もまたその流れの中に身を置いていた。人と会い、部屋を案内し、数字や条件を整え、ひとつひとつの現実を手で触れられるものとして扱っていた。 Read more...
Photo Book of a City Deceived by Light, Saved by Shadow: How "Light and Shadow of Macao" Came to Be
マカオは、最初から私にとって撮るべき街だったわけではない。 むしろ一時は、できることなら思い出したくない街であった。それでも最終的に私は、その街を一冊の写真集としてまとめることになった。その理由は、街そのものの魅力だけではない。 Read more...