旧市街を歩き続けるうちに、自分の中で写真の意味も少しずつ変わり始めていた。
以前は、光に惹かれ目を引くものに反応し、その瞬間の強さに押されるようにシャッターを切っていた。だがマカオの影の深い路地や、古い建物のあいだに流れる遅い時間に触れるうちに、自分が本当に見たいものは別のところにあるのだと分かってきた。
強く照らされているものではない。人の目を集めるものでもない。むしろ、光が去ったあとにもなおその場に残り続けているもの、見過ごされながらも確かにそこに在るものに、自分の視線は引き寄せられていったのである。
影の中に立つ人の気配、長い時間を受け入れてきた壁の表情や昼と夜のあいだで輪郭を変える坂道。そうしたものは華やかではない。けれど、それらは何かを誇示することなく、ただ黙ってその場所に在り続けていた。
その静けさに触れるたび、自分もまた、何者かになろうとして無理に光の側へ出ていくのではなく、自分自身の見方を信じて立ち続けるしかないのだと思うようになった。世界はしばしば、分かりやすく輝くものばかりを価値あるものとして差し出してくる。
だが、そのたびにそこへ吸い寄せられていけばまた同じように自分を失うだけである。このマカオでは、いまでも時おり光の誘発がある。街は今なお人を高揚させ、欲望を正当化し一瞬だけ別の何者かになれたような錯覚を与える。

だが、その眩しさの中に身を置くたび、自分はむしろ強く思うのである。
そこへもう一度呑まれてしまえば自分はまた同じように操られ、削られ、搾取されるだけだと。だからこそ、自分に残されたわずかな可能性を、自分の手で実現しなければならなかった。
最終的に残ったのは、写真の可能性であり、まだ消えきらなかった自分自身への信頼であった。
その細い感覚を手放さなかった結果として、自分は『Vanishing Neon』に続く作品を、なんとか発表するところまで辿り着いた。それは達成というよりむしろ確認に近い。
この先も見続けること、自分の視線を他人の論理に渡さないこと。そのために写真を撮り続けること。
『マカオの光と影』は街の記録であると同時に、半ば自分への戒めでもある。光に惑わされるな。見失うな。外側に残っているものを見ろ。そう自分に言い聞かせながら、なお写真を撮り続けるための記録なのである。
Chapter 5
What Continues To Stand Outside the LightFrom then on, photographing became something different.
I was no longer trying to chase what was dazzling.
I wanted to stay with what was overlooked.
I became more interested in traces, pauses, and quiet presences than in spectacle.
The title Macau: Light and Shadow is not only a description of the city.
It is also a map of what happened inside me.
I was drawn in by light, wounded by it, and finally led back to myself by shadow.
This book gathers those fragments.
Not answers, but evidence.
Not victory, but a way of continuing to see.
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