2005年に香港へ移り住んだ当初、生活はまだ形を保っていた。
無我夢中で香港社会に潜り込んでから、当然のように仕事があり日々は決まった流れの中で進み、表面だけを見れば穏やかな時間が続いているように見えた。
朝になれば街はいつもの速度で動き始め、来た頃は不慣れだったが、自分もまたその流れの中に身を置いていた。人と会い、部屋を案内し、数字や条件を整え、ひとつひとつの現実を手で触れられるものとして扱っていた。
少なくともその頃は、生活というものがまだ私の手の届く場所にあるように思えたのである。だが、その静けさの奥では、自分でも言葉にできない揺らぎが少しずつ広がっていた。
何か大きな出来事があったわけではない。ただ、日々が同じ形を保っているように見えながら、その内側ではわずかな違和感が静かに沈殿していった。
うまく説明できない疲れのようなもの、目の前の現実に触れていながら、どこか自分だけがそこに入りきれていないような感覚。それはまだ破綻ではなかったが、すでに亀裂の前触れではあったのだと思う。
不動産の仕事をしていた自分は、部屋を案内しながら、その部屋そのものよりも窓の外に広がる景色の方に惹かれていくことがあった。部屋の広さや間取りや設備を説明しながら、意識はふと、その窓の向こうへ滑っていく。
高層の隙間から見える空の色、太陽のギラつき、午後の影が外壁に斜を描く。遠くに重なって見える建物の輪郭、名もない道路を行き交う人の小さな気配。

案内しているのは部屋であるはずなのに、自分が本当に見ていたのはその場所に流れている別の時間だった。白い雲の輪郭、青空の色、陽光の差し方。そうしたものは、説明の言葉を持たないまま、しかし確かにこちらへ届いていた。
部屋を見せる仕事の途中で、自分は部屋の向こう側にある時間を見ていたのである。そして振り返れば、その視線こそが後に写真へとつながっていく最初の予感であったのかもしれない。
Chapter 1
A Quiet Life in Hong KongWhen I first moved to Hong Kong, life still seemed intact.
I had work, a routine, and the appearance of stability.
From the outside, it may have looked like a calm period.
But beneath that calmness, something unnamed had already begun to shift.
Working in real estate, I spent my days showing people rooms, layouts, windows, and views.
Yet more and more often, I found myself paying attention to what lay beyond the room itself.
The city outside the window—the sky, the neighboring buildings, the fading light—
began to hold me more deeply than the apartment I was meant to present.
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